#ui_memo

ういめも

旅記 : 北の大地 #6 【完】

いつもの開幕の1枚はどうしたかって?

 

 

 

その質問に答える前に、まずここまでをおさらいしておこう。

 

1日目 大阪から東京へ出た。夕日の沈む多摩川で京王を撮ったり、南紀特急なんかでクソエモい動画作るマンが人間で実在したことを確認したりした(ごめんなさい)

これが旅記 : 北の大地 #-1での出来事である。日付でいうと3/2のことになる。

 

2日目 東京から仙台で途中下車し函館まで出た。

京王沿線のクソお洒落な動画作るマンが人間で実在したことを確認したり(ごめんなさい)、夜の仙台を歩いてちゃんと周りたいなぁなんて思ったり、1600円の牛タン弁当に舌鼓を打ったりした。

旅記 : 北の大地 #0での出来事がこれである。

 

3日目 午前は函館を周り、北舟岡で北海道を感じながら小樽まで足を延ばし札幌でホテルの予約をミスったりした。

青函トンネル青函連絡船についての資料なんかを見て行きを東京で一泊挟んででも青函トンネルを通るルートを選んでよかったと思った。函館山からの景色は綺麗だったし、北舟岡駅では激しい波や風、この素晴らしさをどう写真で表現できるかに奔走した。終電コースになっても夜の小樽は行ってよかったと思う。

やっと数字が浮上した旅記 : 北の大地 #1での出来事である。

 

4日目 午前は札幌を周り、日高本線鵡川駅まで足を延ばした。

札幌の街は写真で見ていたよりもなんというか…白黒だった。曇っていたからというのもあるかもしれないが、そんな感じだった。

ゴムタイヤ式の地下鉄の乗り心地を堪能したり、日高本線では駅周辺を歩き回ることもできた。雪に読んで字のごとく「埋まった」線路があるであろう土地や来ない列車を待ち続ける信号機なんかに『物悲しい』以外の単語が頭から消え去ったりした。駅に戻って列車が入ってくるのを見たとき、西の空が赤く染まっていたのはきっと歓迎してくれていたんだろうと今では思う。

そのことに関しては旅紀 : 北の大地 #2で綴っている。『物悲しさ』を表現できるよう精いっぱい努力したつもりではいる。

 

5日目 札幌から旭川まで出た。留萌線が運休だったのは残念だが、滝川で食べたたい焼きの「美味さ」は今でも思い出せる。3月に、雪の北海道へ来てよかったなぁと感じた日である。

その時の心境は旅紀 : 北の大地 #3に書いた。ほんとに飯屋の運が無いなって思った。

 

6日目 稚内まで行った。和寒 わっ、さむ!w

ほんとに寒かったが、寒さよりも少し晴れた雪の宗谷本線がヤバくてヤバい(語彙力)すぎてどうでもよかった。120分以上遅れたり、試される地北海道を感じられて面白かった。

写真頑張ったので見てほしい。旅紀 : 北の大地 #4に貼ってある。

 

7日目 旭川から網走を経由し釧路まで出た。

普通列車でその地を知り、特急で旅をしてるなぁと感じ、買ったカフェオレを取り忘れたりエモい喫茶店で美味しいコーヒーを飲んで優雅な気分になったり2時間待ちぼうけをくらったりした。

これも写真頑張ったつもりだが、旅の中身もなかなか濃いのではないかと思ったりする。手ぶり身振りと上手いわけでもない英語でのコミュニケーションに付き合ってくれた外国人カップルがどんな旅をしたのか、無事に帰れたなのかなど気になるところではある。北浜駅で飲んだ美味いコーヒーに美味いケーキを食ったことはいい思い出だし、浜小清水駅に併設されている道の駅で買った生姜のドライフルーツの味は忘れようにも忘れられない。

何も無い所を3時間ほどかけて進んでいくのも、自問自答をする機会になったり必要だったと思う。

これが先日旅紀 : 北の大地 #5で綴ったことである。

 

 

 

さて、8泊9日の旅程なので残すところはあと2日。いわば終盤である。

しかし、SDカードのどこにも「「「3月9日」」」付けの写真が1枚も無いのである。今回はそれとその後どうなったのかについて書いていこうと思う。

 

 

 

 

 

Day8 kushiro →Sapporo

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どうもです。

前日、釧路へ到着した際に撮った1枚ですが、まぁそういうことです。

要約すると旅程が崩壊しました。

崩壊するだけならまだしも、修復不可能という事実。なんせJR全部止まっちゃったからね。

 

しかしここで諦めてはいられない。まだ昼の小樽で美味いもの食べてないし、札幌でえびラーメンも食べていない。なんとかして札幌へ辿り着けないだろうか。私は考えた。

 

そこでパッと思いついたのが高速バスと言う選択肢。札幌⇔釧路ならそれなりに需要があるだろうし、1社ぐらい運行しているだろうと検索した。

 

結果はあたりだった。走ってた。

すぐに空席を照会した。案の定、JRが止まると知った人たちが殺到したのかほとんどの便が満席だったが、奇跡的に残り1席だった便を抑えることができた。それが『スターライト釧路号』である。取れたのは釧路駅12:35発 札幌駅17:55着の便。3/10には新千歳からの飛行機があるので、なんとしてでも札幌へ辿り着きたかった。そんな中でこの奇跡である。まさしく奇跡。ありがとう神様。

明日ちゃんと動きますように…。そう祈りながら雨の降る釧路で眠りについた。ここまでが3/8の出来事。旅紀 : 北の大地 #5の最後の方の出来事である。

 

 

 

 

 

 

起きたとき、外は雨だった。 

こりゃあホテルでチェックアウトギリギリまで粘って駅で待つしかないなと思い、とりあえず朝飯を食べに朝食会場へ向かった。

 

 

めっちゃ美味かった。てか規模がビジネスホテルではなかった。どうせなのでHPと地図を置いておく。超オススメ。

 

釧路ロイヤルイン

http://www.royalinn.jp/

 

 

 朝飯を食べ腹を満たし、忘れ物が無いか確認をしたりしてホテルを後にする。

 

 

 

 

駅で電話をかけている人を見かけた。

「JR止まってて札幌まで出られへんのですわ。ええ。」

サラリーマンだったと思う。大変そうだな、と思う反面自分は昨日高速バス取ったので今からとんずらですイェーイwwwみたいな優越感に浸っていた。なんだこいつ。

 

 

 

バスの時刻まであと少し。さて、セブンで飲み物でも…

 

 

ん?

 

なんか知らん番号から電話かかってきた

 

釧路市って出てるし、ホテルかな、忘れ物でもしてたかな。

 

そんなことを考えながら電話に出た。

 

「もしもし?」

「もしもし?こちら釧路バス株式会社でございます。ウイロー様のお電話で間違いないでしょうか?」

「はいそうですが」

 

なんだ、バス会社さんか。予約忘れんなよ!みたいな電話を入れるだなんて律儀だな。

 

 

 

「実は本日ご予約されていたスターライト釧路号の運休が決定しましてお電話させていただきました…」

 

 

 

 

 

…は?お前は何を言っているんだ。初めてこの言葉をそのままの意味で使うときが来た。そんな感じだった。お前は何を言っているんだ。

 

「払い戻しに関してはご予約されたホームページから…」

「明日以降の便もすべて満席なので振替することができず…」

 

 

 

 

そこから先のことは曖昧にしか覚えていない。

 

『頭が真っ白になった』

 

というワードが的を射ていると言えるだろう。

 

 

 

しばらくそこから動くことができなかった。 

 

新聞記者に取材された。

「もう、どうしようもない!って感じですね!ガハハ!」

 

開き直ることしかできなかった。

 

何故なら、私は鉄道もバスも止まった地 釧路 に

読んで字のごとく『閉じ込められた』のだから。

 

 

陸の孤島・釧路 脱出作戦 1日目

まず電話したのは札幌で泊まるはずだったホテルだった。

交通事情だからキャンセル料いらんやでwと言われた。神かよ。

 

駅でぼへーっとしているだけではどうしようもない。今晩寝る場所の確保をと先程チェックアウトしたばかりのホテルへ電話をした。JRが止まっているのでもう一泊したいが部屋はあるだろうか。その質問に、「逆に来る人も来れなくなっているので部屋はあるやでw寒いやろし今すぐ来ーな部屋用意して待ってるやでw」と言われた。神かよ。

まぁそれをするのがサービス業の仕事だからなんだと言ってしまったら終わりだろうが、この崖っぷちに立たされている状態の人間にそんな御託は通じない。神なものは神なのだ。

パソコンが借りれるというので借りた。釧路から脱出するためのルートを検索するのにスマホではやりにくすぎる。やはり複数タブを開いて同時に検索ができるパソコンが欲しかった。

 

ブラウジングができればいいと思っていたが、マイクラぐらいだったら動きそうだったので入れた。これで暇をつぶす用意はできた。なんだったら動画まで見れる。

明日どうするか考えよう。一度真っ白になった頭にはそれしかなかった。

 

無いものは無いし無理なモノは無理なのだ。

 

 

 

まずJRが動くかどうかを考えたが、無理だろうと判断した。

後日分かったことだが線路か冠水していたらしい。

次に高速バス。同じ手段で!と思ったがそういえば電話来たとき振り替えできないと言っていた。きっと明日は奇跡の1席も無いぐらい満席なんだろう。

 

どうしよう…と路頭に迷っていた時、ふとみたTwitterのTLに流れていた飛行機の画像が目に入った。

 

そうだ、空路ならある程度の天候関係なく抜けられるかもしれない。

昼に札幌に着くことができれば夜の新千歳からの飛行機にも間に合う。これしかない。そう確信した。

 

ふて寝していたので調べていたら晩飯の時間になっていた。昼飯?寝てたわ。

景気付けに麺でも食うか!とラーメン屋を探す。いい感じの店を見つけたのでスマホと財布だけ持って出かけた。カメラを持ちだす気にならなかったのはこれ以上無茶をさせてこれ以上壊れないようにという心からだった。

 

 

 

腹が減っては戦は出来ぬ!ということで、ラーメン屋さんに来ました!

いや~どんな麺なのか楽しみだなぁ~笑

 

こんな内容のツイートと共に投稿された画像がこちらである。

 

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※19:42撮影

 

 

うせやろ

 

 

 

 

 

 

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初めてコンビニの麺を食べましたが結構イケる。できればこんな形で食べたくはなかった。でも美味かった。ありがとうセブン。

 

サラダを食べながら飛行機を検索した。

新千歳に昼ないし夕方までにつける便を!と思っていたのだが、そんなものとうの昔に満席になっていた。

諦めて大阪までの便をと調べても羽田で乗り変えのルートしかなかった。

が、こちらには十分空きがあった。

新千歳からの飛行機にキャンセルを入れ、釧路→羽田,羽田→関空の飛行機を取った。前日に飛行機なんぞ取ったせいで出費がえらいことになったがこの際金はどうでもいい。俺は大阪へ帰るんだ。そう心に誓った。

 

 

陸の孤島・釧路 脱出作戦 2日目

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起きたら朝食会場は終わっていた。1階にカフェがあったのでそこで朝食を食べた。

きっと1週間以上も動きっぱなしだったので疲れていたんだろう。

前日のこともあり、飛行機が動くかどうか心配で心配で仕方がなかったが大丈夫そうだ。

SEE YOU AGAINの文字が見送りをしてくれているようだった。

結局夕張も昼の小樽で美味いもの食うも札幌でえびラーメンを食べるもできぬまま、それどころかお土産すらまともに買えていなかった。

釧路駅の構内の売店で適当に買いあさった。これも一つの思い出になるだろう。その時はそう思ったし、今ではいい思い出だったと思う。

 

いつぞの記事で辛かったことも楽しかったことも昨日のことのように思い出せる。そんな旅をしようと書いた。

間違いなくいつまでも記憶に残る旅になったと思う。3ヵ月経ってもこんだけ細かく書けるぐらいには覚えているし、これは6ヵ月後でも1年後でも変わらないことだと思う。

 

 

 

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空港連絡バスまでの暇つぶしも兼ねて駅構内を撮って周る。北海道フリーパス最後の仕事だった。なぜか「くしろ」という言葉に変な違和感を覚えていたのがずっと引っかかっていたが、全部一筆書きの平仮名だからじゃないかという結論に至った。なかなかないんじゃない?こんな駅名

…とか言ったら各方面からあれやこれやと言われそうなので取り下げておく。

 

 

 

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_3105881駅前の交番にはロシア語での表記もあった。流石近いだけのことはある。 

 

 

 

Kushiro Sta.→Kushiro Airport

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地味にはじめてのソロ飛行機だった。本当は14:30発の札幌行きに乗りたかったが、無いものねだりしても仕方がない。

無いものは無い。ならどうするか、というところに素早くスイッチを切り変えるのって大事だなぁと学ばされた気がする。

 

 

 

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空は鬱陶しいほどに晴れていた。

 

 

KUHHND

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無事離陸した…。帰れる…。という安心感半面、やはり夕張に行けなかったことや小樽・札幌をもう一度周れなかった消化不良感というかが残る結果になった。もしかすると、もう一度行こうとさせるために神様がイタズラしたのかもしれない。そんな適当なことを考えたり、仙台や東北を上空から見たりして行きたくなったりしているうちに羽田へ着いた。

 

調子に乗って動画ばかり撮っていたのでそのうち使えるといいな。

 

 

 

Haneda Airport

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飯を食べるために端から端へ移動したり、乗り換えのために移動したりしたが、やはり日本屈指の空の玄関口。国内線ターミナルだけでも随分と距離があった。

 

 

 

HNDKIX

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_3105944 羽田→関空は爆睡していた。気付いたら大阪上空だった。

きっと疲れていたんだろう。そういうことにしておこう。

 

 

 

Kannsai International Airport

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着いたら長と日が暮れた後だった。

空港みたいなバカでかい建物って惹かれるものがある…ない?

ちょうど離陸する便にフォロワーが乗っているそうなので一目見ようとデッキへ行ってみたはいいが第二だったのでよくわかんなかった。残念。

 

 

 

関西空港→なんば

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空港急行でもよかったが、どうせなのでラピートに乗った。

飛行機のようなデザインでTHE・空港特急って感じ。すき。

 

 

 

 

 

おわり

おわりです。テンションが狂っていたので変になりました。許して

なんで今になってこんな更新し始めたのかと言うと、動画を作るに当たってやっぱりプロットみたいなんがほしいなぁと思ったからだけです。それだけです。安直かよ。もっと早く書けよ。

物語書いてるみたいになったのは淡々とした文字だけだと面白くないよなぁとか思ったからで、ちょっとでも楽しんでいただけてれば幸いです。如何せん初めてなもんですから至らないとは思いますが。

 

でもまぁ、文中にも書いた通り辛かったことも楽しかったことも昨日のことのように思い出せる。そんな旅をしようと思っていたので、3ヵ月以上経っても記事にできるぐらいには記憶に残っているし成功したということでしょう。そういうことにしておきましょう。

 

 

 

1週間以上どこかへ出かけるということをするのが初めてだったのでどうなるかと思いましたがなんとかなりました。

ただ次は誰かと行きたいですね。ウォォォォォォって思ったことをその場で一緒に共感してくれる人がいるだけで別の面白さが出てくると思いますし。趣味が一緒の彼女ほしいなぁとか言っときます。言うだけタダ。

 

やっぱり一人旅のいいところは、こうして楽しかったことだけでなく辛かったことも一緒に『いい思い出』だと一人思い出に耽られるところだと思うんですよね。

たとえば写真を見返した時。誰かにこんなことあったんだよね~と話すとき。

動画として、PVとして作るとき。こうやってブログとして文字に起こすとき。

 

自分以外は知らない、自分だけの旅の思い出。

 

もちろん二人以上で行って写真を見返して楽しかったね〜なんて思い出に耽ることもあります。それも楽しいです。

でも一人旅の時と二人以上で行った時とでは、『楽しさ』のベクトルが違うような気がします。どっちも楽しいし、どっちもアリだと思う。比べるのなんてきっと滑稽なことなんでしょう。

 

試される大地、北海道。この地を旅して知ったこと、学んだことや教訓や感じたことはこの先もずっと記憶に残り続けるでしょう。

 

そんな旅をしよう。そう思った時が始まりです。

一歩を踏み出して、狭い世界を広げよう。

 

 

 

 

 

""北の大地を駆け抜けております""

 

 

 

旅紀 : 北の大地 完